リハビリテーションと私の軌跡

日々の臨床のキロク

障害受容

障害受容とはすなわち価値観の転換です。

それを成すには、患者さま自身に気付きが得られるまで私たち療法士は積極的に待つことが必要です。米国ニューヨーク大学 Rusk 研究所がまとめた神経心理ピラミッドでいえば、自己の気付き(self awareness)と言えば頂点であり、あらゆる低次脳・高次脳機能が協調できて初めて出現するものとされています。よって療法士としては、姿勢筋緊張を整えることで、より低次脳機能の改善を図り、その結果として高次脳機能、自己の気付きのレベルに達せられる身体環境に整えていく治療を展開していくことが重要と考えています。

よく障害受容について、「患者さまに失敗体験を繰り返して認識してもらう」という方がいらっしゃいます。失敗体験はヒトにとっては必要でありますが、それはヒトの発達において新たにスキルを獲得するにあたって言えることであり、「患者さまに対して出来ないことを出来ないと分からせるため」にあえて失敗するような経験を提供することではありません。患者さまは発症・受傷によって、急激かつ明確な身体状態の変化にさらされ、それに適応する猶予など全くなく、身の回りの動作までも著しい制限を来たしたため非常に強い混乱や不安に襲われていることは明らかです。患者さまは今までなんとも思わなかった諸動作が出来ないことに焦りを感じていることでしょう。つまり、患者さまは発症・受傷後、誰よりも「これが出来ない」、「あれが出来ない」などと出来ないことを理解していると考えられます。また発症・受傷後、私たち療法士が見ていない時間の大半で(病棟生活で)失敗体験を積み重ねてきていることでしょう。それに加えて、あえて失敗体験を付与するのはいかがなものでしょうか。出来ない、ということを理解はしているでしょうが、それを簡単に受け入れられないから価値観が転換できないのではないでしょうか。不安や焦りがあるから患者さまは努力してしまう。しかし、その努力は環境適応においては非常に邪魔な存在ともいえます。ですが、そんな状態にあるから頑張ってでも出来てしまったことに対しては強く動機付けされ、達成感を得るため、情動記憶および情動体験の記憶(内示的・外示的)の双方が強く形成され、同様の環境において頑張ってでも出来たパターンが優先的に表出され、画一的なパターンへと陥る可能性があります。価値観を転換させるには、患者さまが障害を否認、混乱にある状態において、今現在の身体環境に基づいた環境との相互作用の中で、「障害を負った身体でもこんなに楽に動けるのだ」とか「これなら安心して出来そうだ」などと現身体状態を積極的に許容できる状態へと支援していくことが重要ではないでしょうか。ですから基本的には用手接触をとり、患者さまに対して療法士までも環境の一部となっているわけですから、ハンドリング上で患者さまがこの上ない安楽感を得たときに初めて患者さまは療法士が意図していることを共感しうる可能性があり、そこで初めて患者さまに道を示す療法士の在り方があるのではないでしょうか。また、介入中、患者さまに用手接触しながら寝返り、起き上がり、立ち上がり、歩行していくことで、出来ることも分かるがそれと同時に「介助がないと出来ないのだ」ということも暗に患者さまに療法士から提示できていると考えます。これが積極的な失敗体験の積み重ねによる患者さま自身の気付きにつながる可能性があるのではないかと考えています。何も出来ないことをただ「出来ない」と言ったり、やらせた挙句失敗させることは間違っていると思います。患者さまは出来ないことを理解していますが、それを理解したくないから余計に焦り、不安にかられてしまう悪循環を辿るのだと考えます。

療法士として患者さまと接する以上、個人のアイデンティティのみに捉われた精神論で語ってはいけません。患者さまは一人一人が個性をもったヒトであり、一人一人が違うヒトである以前に、みんな同じヒトなのです。リハビリテーションとは、人間らしさの復権です。療法士はカウンセラーやナースとは違い、唯一患者さまに身体的に介入できる職種なのです。人間らしさとは何かを追求し、患者さまに現れる心と体の変化を理解し、同時に各アイデンティティ(延長意識)を加味する視点が必要となるのではないでしょうか。

 

患者さまのために、これからも精進していきたいと思います。今回は以上です。