リハビリテーションと私の軌跡

日々の臨床のキロク

治療の最重要要素(ハンドリング)

私たち療法士は、患者さま・利用者さまの身体に直接触れて治療することができます。
患者さま・利用者さまの多くは、以前は何気なく日常生活を送っていました。しかし、疾患は問わず急激な身体状態が変化してしまうと、その変化に慣れるまでの時間的猶予は全くありません。今まで当たり前のように出来ていたことが出来なくなってしまったことに不安や焦燥を感じることでしょう。ひどい時には性格が変貌してしまうほど強いストレスに曝されることになるでしょう。ひどく身体的・精神的に緊張しているが、そんな状況を打破するために何とかして「起きよう」、「歩こう」とするのでしょう。結果として、今まで何気なく出来ていた行為であっても失敗を重ね、ますます自身を追い込んでいってしまうのかもしれません。そんな状況の中で、何とか頑張って成功したとします。それがいかに努力的で非効率的で、痛みを伴い、息をこらえ、顔を真っ赤にしていても、成功したことには変わりありません。それは脳の中に成功体験として着実に神経ネットワークの変化をもたらします。そして、それによりその行動パターンは鍵と錠前の関係のように、毎度何気なく出現するものとして強化されていくことになります。その背景には脳の可塑性(body shemaのリアレンジメント)が関わってくるため非常に厄介となるのです。

大雑把にハンドリングとは、用手接触による患者さま・利用者さまへの操作・刺激の入力全般をまとめて言います。自分が患者さま・利用者さまに「こうしてほしい」、「こうなってほしい」という目的があって、患者さま・利用者さまに触れて何らかの刺激を入力しようとします。しかし、こちらが意図したことを本当に感じ取れているでしょうか。非言語的にです。これが非常に重要なことだと思っています。療法士同士で練習している時も、これを再確認しながら行うと良いと思います。被験者側も療法士ですから、何となく押されているとか抵抗を感じるとか寄り掛かられているといった感触が感じ取れると思います。そういった感覚的なところをお互いフィードバックしてもらうことが上達のコツだと思います。

理想的なハンドリングとは、こちらのハンドリングの狙いと受け手の経験のズレが少ない状態です。それは追従性を得ている状態であって、決して抵抗や依存している感覚などは生じていない状態です。意外とみんな見た目の方法論ばかり一生懸命で、相手がどのように感じているかに対する意識は少ないように思います。もし見た目の変化(アライメントや動き)が同じようであっても、相手がどう感じているか分からなければ、もしかすると代償をどんどん強化しているだけかもしれません。
例えば、片麻痺患者さまであれば、発症してはじめて受けるリハビリで、療法士が行うハンドリングが患者さまにとっては「正しい上肢の動かし方」になるはずです。そこで代償を伴う動きを誘導してしまえば、患者さまはそこで感じた感覚を手掛かりに運動を覚えるかもしれません。そうして生まれた代償に療法士は「そうじゃなくて」とか「こうしてください」とか言いますよね。でも、その悪い動きを出すための刺激やヒントは、もしかしたら療法士のハンドリングが与えてしまっている可能性があるのです。療法士は良くも悪くも「患者さまを変えてしまえる立場にある」ことを決して忘れてはなりません。

また、本来なら関節にありえないような動きを出せば、他の部位が動かざるを得なくなります。健常者同士では僅かな他部位の動きはそれほど気にならなくても、患者さまにとってはバランスを崩すような外乱になるかもしれません。それはバランスを保持したり、修正するための反応を生み出してしまう原因となるかもしれません。もちろん、姿勢調節を課題とする場合には、そのような刺激を狙っていく場合もあります。しかし、姿勢調節能力が低い患者さまにとってはただの恐怖体験になっているだけかもしれません。バランスを取ることばかりに気が向いてしまえば、はじめに療法士が狙った上肢に対する刺激に注意を向けたり感じたりする余裕を奪っているだけかもしれません。

ですから見た目の方法が大事なのではなく、そこに内在する療法士側の目的とモニタリングする能力が大事であると感じています。受け手に立って、違いが分かることで、自分の行っていることに気付くきっかけになると思います。そうすれば患者さまにとって意味のあるハンドリングができる近道になるかもしれません。治療中、患者さまに感触を尋ねることは重要なのです。心地良く、安楽に感じられているかどうか。患者さまや利用者さまが私たち療法士にとって最善の教師なのです。一つ一つの反応が私たち療法士に知見を与えてくれているのです。これを決して忘れてはなりません。

では、努力的で非効率的な動作パターンが強化されてしまった患者さまに、再びリアレンジメントを引き起こすためには、どうすれば良いのでしょうか。それは、患者さまにとって最小限の支援を受けながら、もしくは支援なしで達成できるギリギリの課題設定とすることが重要です。その際、できる限り代償反応は自律的に抑制できていることが望ましいです。あくまでそれには患者さま自身の能動性が必要です。他動的に行うだけでなく、介入の中で患者さま自ら環境に対して能動的に探索していく場を設けて支援していくことが重要です。退院したら療法士による支援は基本的になくなります。患者さま自身が環境と相互作用していくことができる身体状態を整えることが私たち療法士にできる最善策となるのです。

障害受容という観点からもハンドリングは重要です。患者さまが自身の身体状態と将来的なゴールを早々に受容できるとは到底考えられません。それに対して、患者さまに無理難題を課し、積極的に失敗体験をさせることで振り返させて自覚させようとする手段があります。
しかし私は、患者さまは自身が失敗してしまっていることを分かっていないわけがないと思います。発症して動かなくなった身体を一番苦しく感じているのは患者さま自身だと思います。他の誰でもありません。患者さまは出来ないことを分かっていないのではなく、「認めたくない」のだと思います。言葉で解らせるのではなく、失敗体験をさせるのではなく、ただハンドリングしている最中にはとても良く動けることを繰り返していくことが前向きな失敗体験となっているのではないでしょうか。感情的には「この人と一緒にやると起きれる、立てる、歩ける」といったところでしょうか。それは裏を返せば「この人と一緒じゃないと自身ではできない」と分かっているから思えるのではないでしょうか。最終的に療法士がいなくても自立できることがベストですが、出来ないことを少なからず受容し、出来るところは自身で行い、出来ないところは助けを呼ぶ。これが患者さま・利用者さまのQOLの向上に繋がっていくのではないかと思います。